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AKIHIRO の 徒然メッセージ (きまぐれ日記) 2008                          >>日記2011以降の日記へ
感謝と償い
12/31
 
本年もなにかとお付き合い頂きまして、ありがとうございました。心よりお礼申し上げます。
最近ミクシーサイトで日記を更新することが多くなり、こちらの日記がほとんど日記でなくなっていることに反省しておりますが、今後も不定期更新ということで、たまにはまた覗きに来てください。
 
 2008年の締めくくりに日記を振り返り、今年一年を整理してみようかなどとも思ったのですが、面倒くさくなってやめました。そんな暇があるなら町内のゴミ拾いでもしようと・・・左手にゴミ袋・右手に火ばさみを持って出発です。。少なくとも今年一年大過なく過ごせたのは回りの方々のおかげですし、そんな方々に一年間自主的に何も出来なかったことへの償いと自分への戒めということで行いました。でも、あんまりゴミはなかったです。12月には地域の青少健がクリーンキャンペーンを実施して街の美化運動をしてましたからね。10年前に比べて煙草の吸い殻もずいぶん少なくなりました。
 
 何にしてもきれいな街っていいですね。とりたてて飾ることをしなくても、日常的に美しい状態がいいです。最近クリスマスのイルミネーションとかで飾り付けをするところが目立っていますが、それはそれで素敵なんですが・・・昼間の美しい街ってそれ以上に住んでる人の心を感じて素敵に思えます。
 
 あちらこちらで家の前のみぞ掃除や玄関前の道路の掃き掃除をしている方がおられました。ゴミを拾っていると、昨年の町内会長さんが通りかかり、
 「そんなことして下さっているのですか?」 ってお声をかけて頂きました。
 「大晦日ですから・・・。」 
 「???」
わけわかんなかったようです。笑
罪滅ぼしなんですって言いかけてやめましたから。
だって、「何のですか?」って聞かれてもうまく答えられないですからね。

 そんなこんなで今年もあとわずかです。
 うちの長男は今日も大阪のライブに出かけました。
 カウントダウンまで居残りだとか・・・。
 
 お疲れっす〜笑

 まあ、我が家にも自由なやつが一人くらいいてもいいんじゃないか。。。
 何?二人ですと!? 。。。

 というわけで、来年は新しいAKIHIRO日記のページでお会いしましょう!!

 皆様 よいお年をお迎え下さい。

                          2008.12.31


 
10セントの意識革命
12/19
 
片岡義男氏が標題の書籍を出版したのは随分前のような気がする。その中に、「激突」という映画を評論した文章が掲載されている。知人に貸した金を返してもらうために一人の男がハイウェイを走る日常の風景。前を走る一台の大型トラックを追い抜いた偶然から引き起こされる恐怖と苦悩を氏は人生における学びの機会であると綴っている。大型トラックに追いかけられ、後ろからぶつけられ、ひたすら逃げる主人公はいったい何を学ぶというのだろう。自動車という一見無機質な物体が引き起こすドラマは見えない運転手の目線とシフト捌きによって大きな力となって感情を刺激する。
 なぜ?はいつまでもつきまとう。常識を越えた現実、事象との出会いは確かに絶好の学びの機会であろう。
 氏は自然界との対峙をそこに重ねているが、波乗り同様に自然界の法則と一体になるときの静寂が最後の場面に訪れる。クラッシュという結末にデビッド・マンは何を学んだのか。

 およそ35年を経過した今日、社会システムという巨大な力に追いかけられる恐怖と苦悩を感じずにはいられない。時として自動車産業をベースにその震撼が引き起こされていることは決して偶然ではないのだろう。

 今、私たちは巨大な力と対峙しなくてはならない。それは競合という雌雄を決するものではなく、結末に何を学んだのかというマンの姿である。

 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BF%80%E7%AA%81!#.E3.81.82.E3.82.89.E3.81.99.E3.81.98
 
 
 
最後の多事争論
11/8
 
昨日、ジャーナリストの筑紫哲也さんがご逝去されました。ご冥福を心よりお祈りいたします。

筑紫さんは最も尊敬するジャーナリストでした。

社会を自分なりに捉える時に筑紫さんの目と言葉は私に明確な視点を与えてくださいました。

鳥越氏がニュース23で述べられた「社会における自分の位置を示す座標」であり「羅針盤」であった筑紫さんのジャーナリストとしての役割は現代の日本においてなくてはならないものであったと感じています。

8月1日付の「多事争論vol1」
http://www.taji-so.com/

日本という国が健康な状態ではなく、栄養が健全な成長に使われないで病気(ガン)との闘いに使われている状態と自らの闘病と重ね合わせて述べられこと。政治により国益が高齢者にでもなく子どもたちにでもなく、つまり過去にも未来にも使われていない現状を憂いておられたことをかみしめています。

これからの社会を少しでも健康な状態に戻していくことが筑紫さんへの恩返しなのだと思います。

「少数派であることを恐れてはいけない。」
「自由な気風を失ってはならない。」

 という言葉を胸に刻みたい。

   http://www.taji-so.com/message.html


水の羽衣
10/16
荒見の井戸に座して想う。

涙の雫 天より落ちて 生命を育み 消えるが如く 天へと還る 神の羽衣


月光の奏
10/15
十五夜の月が雨上がりの空に浮かんだ。
高き薄雲にその光を和らげ、時折足早に流れきたる低き雲に月光の調べを変えつつ。

月齢15.2

10月15日は月に思いを馳せるそんなささやかだが幸せな日であった。少なくとも昨年までは・・・。

世界の肖像 ミシェルさんのコミュ:昨日10月14日に日記が載せられていた。
2年前に書かれた日記へと導く日記。

『わたしは人間であり、人間である限り、わたしと無関係ではないのだから』 と題されたその日記には、私より10歳年上の21年前に37歳で他界した一人の男のことが語られていた。

****以下抜粋****
『わたしは人間であり、人間である限り、わたしと無関係ではないのだから』



アフリカの西部の内陸、
サハラ砂漠の西南に、
オートボルタという国があった。


奴隷貿易やフランス植民地支配など、
この辺りの国々と同様の悲しい歴史を持つ。


これといった資源もなく、
土地も豊かではなく、
内陸国ということもあり、
1960年の独立以降も、
ずっと、世界で最も貧しい国の一つだった。


赤ちゃんの5人に1人は、
1歳まで生きることができず、

学校に行ける子どもは、16%だけ、

国民の90%以上が、
文字の読み書きができず、

一人当たりのGDPは、
年間100ドルを超える程度だった。


そして、他の多くのアフリカの国同様、
政治の主導権は、独立後もフランスにあり、
そして、オートボルタは、
不正のはびこる国だった。

5万人につき、
たった1人の医者といった医療制度。

税金の払えない貧しい人々に対し、
時には「女性」を要求する行政。


人口の0.3%ほどの役人の『給料』に、
国家予算の70%をつぎ込み、
国の予算が足りなくなると、
外国に『借金』や『援助』を求めた。



人々が、「普通」に、
飢えや病気で、次々に死んでいる世界で、
1980年代、一人の男が立ち上がった。


名前を、トーマス・サンカラと言った。

彼は、軍人であり、
ジャズギタリストでり、
そして、バイク乗りだった。


サンカラは、友だちのコンパオレと共に、
1982年、革命を起こし、
1983年に、大統領に就任した。

若干33歳だった。


彼は、実行する男だった。


軍の倉庫を、
この国初の「スーパーマーケット」に改装し、
一般の人々に解放した。


政府や官僚が公用車として使用していた
メルセデス・ベンツを、すべて売り払い、
当時、一番安く手に入った
「ルノー5」という大衆車に買い換え、
大統領、自らもそれを使用した。

当時、「砂漠の狂犬」と言われた
リビアのカダフィー大佐が、この国を訪れたときも、
サンカラは、この車で迎えに行った。

そのとき、カダフィーはあきれ、
車に乗ることを拒否し、
徒歩でホテルへ向かったという逸話もある。


サンカラにとっては、「国賓」や「大切な客」よりも、
「大切な国民」のためのお金だった。


また、彼は、援助、そして、外国の支配を拒否した。

サンカラは言った。

「自立のための援助はありがたい。

 しかし、一般に、外国の援助のポリシーは、
 その国の構造を破壊し、
 人々を分断させ、
 人々に奴隷として生きることを続けさせている。」


また、
古い風習のために苦しむ女性たちの解放を目指し、
子どもたちを学校に通わせ、
公衆衛生、医療制度を充実させ、
農業改革を行い、
自給自足の社会システムを作り上げていった。


そして、1984年、国名を変更した。

「ブルキナファソ」。

「高潔なる人々の土地」という意味だ。



その年の10月、
サンカラはニューヨークの国連総会に出席し、
壇上で、次のような演説した。


「わたしは、
 愛するブルキナファソの人々を
 代表するだけではなく、

 世界の片隅で、もがき苦しんでいる、
 すべての人々を代表して語りたい。


 黒い肌をしているだけで、
 あるいは文化が異なるというだけで
 ほとんど動物と変わらない扱いしか受けていない
 この数百万人のゲットーにいる人々を代表して
 わたしは語りたい。


 男性によって作り上げられた
 システムによって苦しんでいる、
 すべての女性を代表して、
 わたしは語りたい。


 マラリヤや下痢といった
 簡単に救う方法があるにもかかわらず、
 貧しさや、知識の不足から、
 子どもたちが死んでいくのを目の当たりにしている、
 すべての母親たちのために、
 わたしは語りたい。


 お金持ちの人々のショールームの
 武装された警備で守られている厚いガラス窓を、
 いつも、お腹を空かせて見ている貧しい子どもたちのために、
 わたしは語りたい。



 わが国は
 人類のすべての苦悩を統合したような
 苦しみに満ち溢れている。

 だが同時に、
 戦いの希望にも満ち溢れている。


 死の商人たちが独占している
 最新の科学技術、
 それをじっと見つめる
 不安げな病人たちに代わって
 わたしは打ち震えるのだ。


 そしてわたしは、
 自然破壊の犠牲となったすべての人々、
 飢餓という恐ろしい武器によって死に至っている
 年間3000万人の人々に思いを馳せている。


 世界中の国際会議で発言しようとしているすべての人々、
 彼らの声が届くように、
 そして真剣に問題を取り組むために、
 わたしはここに立ち上がる。


 この国連の会議の場で、
 わたしの前では多くの人々が発言してきた。

 そしてわたしの後にも発言者が続くであろう。


 しかし、建前上はみな平等の権利をもって
 会議に臨んでいるとしても
 実際の決定権を握っているのは
 ごく少数の人々だけである。


 だからこそわたしは、
 世界中の国際会議で
 発言しようとしているすべての人々の
 声が届くように、代弁者となろう。


 そう、わたしは
 世界で見捨てられているすべての人々のために語りたい。

 なぜなら
 わたしは人間であり、
 人間である限り、
 わたしと無関係ではないのだから


 わたしたちの望みは、
 他の人々を排除するような
 黒人の世界を作ることではない。

 黒人として、わたしたちは、皆さんに伝えたい。

 『どのように、お互いを愛するかということを』

 ("As black people,
  we want to teach other people how to love each other.")」。



しかし、当時の世界の指導者たちは、
サンカラの言葉に耳を傾けることはなかった。

フランスをはじめ、欧米の国々は、
「共産主義」だと言って、
自分たちの作り上げた社会システムを脅かす敵だとし、
また、援助や不正によって政権や富を維持してきた、
周りのアフリカ諸国にも脅威だと敵視された。


そして、1987年10月15日、
『親友』のコンパオレの部隊に殺された。

多くの人たちが、フランスの関与を信じている。


「革命家を殺すことはできても、
 その思想までは殺すことはできない。」

サンカラが、殺される1週間前に語った言葉だ。


日本や欧米の人々には、
あまり知られていないサンカラだが、
今なお、アフリカの、
そして、世界の多くの人々の間で、
愛され尊敬されている。
*********************************

 私は共産主義者でもなければ、革命家でもない。
 軍人でもなければジャズギタリストでもない。
 ただ少しだけバイク乗りだ(笑)

 ただ、ブルキナファソという国のこともサンカラという男の存在も知らなかったことは確かだ。
 国民の幸福のために生き、10月15日に葬られた一人の男のことを月を見上げながら考えた。
 
月光の奏は決して満ち足りてなどいない。

私たちは私たち以外の人からどのようにお互いを愛するかということを学ばねばならない。

 



一人でも多くの人に伝えたい「21世紀のハーメルンの笛吹」
9/24 

世界の肖像 ミシェルさんのコミュより
以下コミュより抜粋******************

小さな喫茶店。
朝9時の開店と同時に、1人の客が入ってくる。

客は、お店の中でテーブルを拭いていた若い女性に、
「キャサリン」と呼びかけると、
コーヒーと朝食を注文した。


そんな小さな喫茶店を営む24歳の女性
キャサリンには、
誰にも言えない秘密があった。



キャサリンが、まだ12歳のとき、
学校へ向かう途中、
キャサリンと妹のアグネスは、
突然、男たちに連れ去られた。

1996年のことだった。


キャサリンたちを連れ去ったのは
LRA(神の抵抗軍)と名乗る、
アフリカ大陸のウガンダの反政府組織だった。



キャサリンは、そこで、
LRAで生まれた子どもたちの
ベビーシッターをさせられ、
やがて、将軍ラスカ・ルキーヤ(Raska Lukwiya)の
21人いるセックス奴隷の1人にさせられた。

キャサリンは、LRAで、
10年を過ごすことになる。


「わたしたちが、妻になりたくないと言うと、
 『それならば、殺す』と言われました。

 わたしは15歳でした。」



2006年、
LRAとウガンダ政府軍の戦闘の中で、
キャサリンと、
ルキーヤが父親であるキャサリンの娘アリエットは、
ついに、救出された。

だが、妹のアグネスと、
彼女の赤ちゃんは、
戦闘の中、殺されてしまった。



国連の子どもに関する機関
ユニセフ(Unicef)は、
今月2008年9月、
ウガンダと国境を接する、
コンゴ民主共和国の地域で、

小学校から、50人の子どもたちが、
中学校から、40人の子どもたちが、
LRAにより、誘拐されたと発表した。

ユニセフは、この子どもたちが、
兵士やセックス奴隷とされることを懸念している。


NPO"Survey of War Affected Youth"によれば、
1987年以来、
LRAにより誘拐された、子ども若者の数は、
6万6千人と推定されている。



中世ヨーロッパのある街から、
130人以上の子どもが、
ある日、突然、街から消え去った話は、
『ハーメルンの笛吹き』として、童話ともなり、
長い間、語り継がれる出来事となった。


ある日、あなたの街から、
突然、子どもたちが消えたら…

そんな『中世のおとぎ話』が、
この21世紀の、この地上で、
繰り広げられている。


だが、その物語は、
ほとんど世界で語られることはない。



アリエットは、今年6歳、
ついに学校へと通いだしたことが、
お母さんのキャサリンの自慢だ。


キャサリンの願いは、
彼女が果たせなかったこと…
アリエットが無事に学校を卒業すること。


「わたしは、神様に、
 アリエットの未来が、
 すばらしいものになるように祈っています。」


アリエットの"父親"ラスカ・ルキーヤには、
2006年、
国際刑事裁判所の要請により、
国際手配書が発行されている。


キャサリンは、アリエットに、
"父親"のことを話すつもりはないと言う。

 ****************************

不便・不自由・不親切の効能
9/10
 
平成14年4月に放送された佐藤しのぶ出会いのハーモニー「志ネットワーク代表:上甲 晃氏」がアンコール放映された。

 便利・自由・親切が金銭で買える時代への警鐘

 お金を払っているのだからサービスを受けて当たり前という意識が我々に根付いていないか。解体された鶏肉は商品になった時点で命のありがたさを失っている。お金で取り引きされるのは食材としての鶏肉であり、鶏の命の重みや生きていた時の温かさは価値として含んではいない。食する我々は味がよいとか安全・安心とかを問題にし、命をいただくことへの感謝など思い及ばないのが現状である。

 自給自足は命を育み、その育んだ命を食するのだから、注いだ愛情ごと命をいただくのである。

 自分で作ったものは大切に扱うという。

 掃除も然り。掃いてきれいにしても後から後から葉を落とすクスノキがあったそうな。
 全部落ちてからまとめて掃いたらいいじゃない。塾生が言った。
 木を切ったら葉を落とさないよ。別の塾生が言う。
 そうじゃないらしい。世の中の問題も同じで解決してもまた次の問題が出てくるもの。
 繰り返し繰り返し掃いて解決していくことで、問題は解消されていくものだと。

 不便で不自由で不親切な環境でこそ人は育つとのこと。
 
 自分で考え、気づき、行動する。その体験の中で心に刻み込まれた知恵は我々がよりよく生きるためにとても大切なことなんだろう。

 
クマゼミとケヤキ
9/4
 
家の庭に一本のケヤキがある。

20年経つといっぱしの大きさに育ち、夏はセミの格好の止まり木となっている。

今年の夏もセミがうるさいほど鳴いた。

8月31日にツクツクボウシが鳴いた後、静かになった。


今年の夏も早朝からシャンシャンとうるさく鳴いたのはクマゼミだった。ここ数年はクマゼミが我が物顔でケヤキを独占している。

数年前までは、アブラゼミの占有木だったのだがクマゼミに取って代わられてしまった。

私が子どもの頃は京都城陽では、クマゼミといえば珍しく、大きくて羽が透き通っていてつかまえることができたらとてもうれしいセミだった。なぜか、桃山や丹波橋あたりではよく鳴き声が聞けたのだが・・・。
セミといえば、ニーニーゼミで、桜の木に同化してそれはそれは一杯くっついていたもんだ。ここのところとんと姿を見かけない。10年ほど前に丹波の和知で見つけたのが最後だと思う。

ニーニーゼミはやがてアブラゼミに変わり今はクマゼミばかりが幅を利かせている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080903-00000072-zdn_n-sci

生態系が変化していることは間違いない。

20年くらい前に、ノコギリクワガタよりミヤマクワガタの方がたくさん捕れたことにも驚いた。
少なくとも40年前にはミヤマクワガタはこの地方では貴重種だったのだ。ノコギリクワガタを「うま」と呼びヒラタクワガタを「うし」と呼んでいた。ミヤマクワガタは「へいたい」だった。オオクワガタは「とのさん」でその頃でもめったに捕れなかった。

最近はどうなっているのだろうね?


アフガニスタンのケシ栽培
8/31
 故伊藤和也氏のご冥福をお祈りいたします。
 
 
異国の地で農業指導に従事されていた邦人の死は戦火による荒廃とその地で生き抜かねばならない人々の過酷な現状を明らかにした。
 小麦すら栽培できないやせ衰えた土地と水不足。大凶作と違法なケシ栽培。
 現在世界のアヘンの90%がアフガニスタン産ともいわれている。
 かつて軍事行動の資金に当てられてきた麻薬による利益は多くの人々の生活と命とを引き替えにさらなる悲劇を生み続けてきた。
 ケシ栽培でしか生計を立てられない現地の人々の貧困を利用した麻薬売買組織にとって、現地で正当な農業指導を行う異邦人は邪魔な存在だったのだろうか。
 
 かつて日中戦争で日本陸軍が戦略的にアヘン売買を行い収益をあげ南京傀儡政府の予算に利用したように、私たちの見えないところで軍事活動費が捻出されていることはやはり国際的に大きな問題なのだろう。

 ケシ栽培を小麦栽培に変えるために現地の人々とよい関係を築きながら努力してきた人間が殺害されることを国際社会はなぜ防げなかったのか。国際社会の一員である私たちは今、真剣に考えねばならないのだろう。

 

  
過ぎゆく夏に
8/18
今年の夏は暑かった

京都地方の夏は7月13日の朝に始まり8月15日の夜に終わった

正しいかどうかは分からないが、少なくとも私の感じ方ではそうだ

夏の始まりは透明さを増した空気を通って差し込む光の輝きで感じられる
毎年、その瞬間は必ずやってきた

不思議といつの間にか秋になっていたのだが・・。

今年は秋の匂いがした。8月15日の夜の風のことだ。

今年の夏はとてもたくさんの人に出会った。

過日は高校の野球部のOB会で
昨日は4年に1度の中学校の同窓会で

握った手をしばらく離さず無言で見つめてくれた奴がいた
あまりに照れくさかったから「千葉へ行ったら家へ寄るよ・・・。」

組んだ手に力を入れて「またな!」と言って送ってくれた奴がいた
俺のことを変わってねぇというそいつが昔のまんまなことがうれしかった

「今何をしてるんだ?」と尋ねてくれた奴がいた
「何をしてるかよりも今何をしようとしているのかのほうが重要だ」と生意気に言い返した
彼は「それもそうだ」と頷いた 齢68歳の恩師

盆には実家でご詠歌というのをあげる(唱える)のがしきたりで、西国三十三ヵ所(紀伊の国那智さんに始まり美濃の谷汲寺で終わるがなぜか最後に信濃の善光寺さんを唱える)の詠歌を仏壇に向かってカンカンとする
阿弥陀仏に観音様 古いアルバムに9歳と10歳と20歳の自分が写っていた
五山の送り火の日は星野ジャパンの韓国戦のTV観戦で盛り上がった


今日は甲子園で高校野球の決勝戦

仙台育英の1年生投手:木村けいご君に不覚にも心を奪われた
星野ジャパンに彼がいたら空気が変わるのになとふと思った


広島 長崎 被ばくの語り部

沖縄 集団自決の語り部

そして世界は今

あなたは今何をしようとしていますか?
■「風塵抄」二
7/16
 
1990年代に司馬遼太郎氏は産経新聞の朝刊に「風塵抄」を執筆していた。1996年2月にご逝去されるまで原則として月1回のペースで執筆されていた。
 「風塵抄」の後編62編が収められた「風塵抄」二が中公文庫より発行されている。今日の様々な社会問題に対するメッセージを日本人の有り様として書き綴っておられるので、まだ読んでおられない方にはお薦めしたい。

 本日、近畿地方では梅雨が明けたようである。夏が来るたびに6年生の国語の教科書に掲載されていた「川とノリオ」というお話を思い出す。戦後の民主化は戦争という多くの犠牲の上に成り立っていることを私たちは忘れるわけにはいかない。

 風塵抄の第99編に「島の物語」というのがある。北方領土問題の千島列島の終戦について書かれたものである。占守(シュムシュ)島がソ連軍によって攻撃されたのは8月18日未明のことで、終戦日の8月15日を3日過ぎてからのことであったと記されている。1個師団の戦車部隊は島を死守すべく、攻撃してきたソ連軍に抗戦し、終戦後にも関わらず多くの犠牲者が出たという。氏は文章の中で、「・・・。サッカーの試合が終わってから相手が突っ込んできたようなものである。それも三日後にである。・・・」と綴っている。
現地の指揮官も、全面降伏した大本営も戸惑ったに違いない。あまり話題に上らない史実であるが、領土問題ではその主権を巡って大きな意味を持つのではないだろうか。
 
 昨今、文科省の学習指導要領解説書の「竹島」記述に関して韓国との見解の相違が表面化した。国家主権と経済水域確保において、離島を巡る問題は外交上重要な課題である。国民が理解を深めることは大切だが、その島を巡っての史実が国民に対して明らかにされなくてはならない。それは、相手国に対しても同じである。両国の国民が史実をどのように共有するかが求められているのではないか。それは、島の成り立ちにまでさかのぼるのかも知れない。日本列島も地殻変動が起こるまでは大陸の一部だったわけである。

 いずれにせよ、教育は史実に見え隠れする当時の政治戦略と現地で生きた人々の姿と思いの真実を未来に伝えなければならない。
 また、我々の生も今という時代の中で吟味されなくてはならない。なぜなら、未来において起こる社会的現象の発端がまさに今にあるからである。
 教員採用を巡って不正を行っている場合ではないし、中学生にバスジャックをさせている場合でもないだろう。私たちには知らなくてはならない真実や伝えなくてはならない史実が山ほどあるのだから。






■洞爺湖サミット
7/10
 
昨日サミットが幕を閉じた。メディアの報道はニュアンスこそ違え、曖昧な結論に霧がかかっている感がある。しかし、とりあえず下準備をしてきてこられた方々やステージでアクションをされた方々にはお疲れさまでしたと述べておこう。
 美食をしながら飢餓問題の話し合い!との声明が英国メディアに取り上げられたが、1回は貧困国の食事を摂って共に体感しあうようなパフォーマンスがあってもよかったと思う。幼稚園でもしていることだからね。
 それはさておき、「責任」は過去か未来かという報道が産経新聞にて掲載された。
********
【洞爺湖サミット】「過去」か「未来」か 責任押し付け合い
 地球温暖化の責任を問うべきは「過去」なのか「未来なのか」−。北海道洞爺湖サミット最終日の9日に開かれた主要排出国会合(MEM)では、主要8カ国(G8)と、中国、インドなどの間で、温室効果ガスの排出削減をめぐって責任のなすりつけ合いとも映る場面がみられた。背景には、平成9年に採択された京都議定書が、先進国の過去の排出分に責任があるとしているのに対して、現在の議論は今、排出増加を続ける途上国、とりわけ中国、インドなど新興国の「未来の責任」を問うているからだ。(産経新聞)  
                            ***************
 
 責任のなすりつけ合いは各国の国益へのこだわりで、地球(世界)への愛情が利益優先の国家感情を超えられなかったから後味が悪い。アメリカ市場主義の維持、フランス原子力発電ビジネス、新興国の経済発展指向等々、数多の国益優先のビジネス戦略により「みんなでなんとかしようや!」という最終合意に至らなかったからだ。
 
 過去の責任は現在から未来にかけて償うしかなく、現在や未来もやがては過去となる。現在から未来にかけて経済発展する新興国にも当然その責任は発生するわけだし、主要先進国はそれ以上の責任を免れない。
 
 責任は何に対してか・・・。地球に対しての責任だろう。世界中の人々に対しての責任だろう。

 現在はもうすでに過去となっていく。
 氷の溶ける速度には拍車がかかり、気候変動は加速度を増す。

 現在進行形で進んでいく数多な愚行が未来においてまた新たな責任を生み出していく負の循環。

 愚行を断つ・・・。今日、私は私の犯す愚行を省みようと思う。

 昨日、知人の縁のお二人のかたの訃報が届いた。
 一人は90歳を越えられた知人の祖母。
 もう一かたは知人の勤務先の社長である。
 直接お会いしたことはほとんどないのだが、その生き様に思いを馳せつつ、慎んでお悔やみを申し述べたい。

 

 
■高校野球地方大会
7/7
 
梅雨明け!?とともに夏の日差しが降り注ぐ西京極球場。母校の応援にアルプススタンドへ駆けつけた。今年は第90回記念大会らしい。創部32年目の母校は多くの方々の支援のもと高校球史の1/3に足跡を刻んでこれたことに感謝したい。
 さて、試合の方は初回に先制され、追加点をゆるす展開。相手校の投手の伸びのある速球にタイミングが合わず、アウトコースのカーブに手を出して打ち崩すことができなかった。それでも、選手達は全力でプレーし、一つ一つのプレーにスタンドは盛り上がった。
 相手校のスタンドはブラスバンドとチアガール。当方はメガホンと口らっぱ。部員の太鼓とOBの音頭で精一杯の応援を繰り広げる。
 「次は必殺仕事人でお願いします!!」
 「せーの!チャラリー〜〜チャララリラ^チャラリー〜〜・・・・・」
といった具合である。なかなか伝統の味がある。口らっぱよ永遠なれ!って感じ。
 ワンプレーの価値がそこはかとなく高いのも母校の伝統か・・・。
 一本のヒットにスタンドは揺れ、飛球キャッチのワンアウトに大きな声援が送られる。
 ともすればあたりまえのプレーにファインプレーのような声援が送られる。
 それもまた、学生野球の一つの形ではないか。精一杯のプレーでアウトにならない内野ゴロもある。それでも選手達のひたむきさが胸を熱くする。
 3年生には最後の公式戦となった。アルプススタンドに一礼する姿に大きな拍手。

 プレーする者、見る者、サポートする者。そして、それができる環境に感謝である。
 試合後、涼やかな自由の風が球場に吹いた。


■地球のステージ
7/5
 
今日は午後から城陽市の文化パルクで「地球のステージ」というイベントが開催されました。、「紛争、災害、貧困の地の子供たちに音楽と映像で近づこう」というコンサート形式のステージだったのですが、映像と音楽というコラボが桑山紀彦氏という一人の人間の生き様をありありと表現していることに驚かされました。松山千春氏が「千の風になって」を歌っているような楽曲はどこか感傷的でもありましたが、映像のリアリティーとあいまってアーティスト性を高めているようでした。個人的にはMCが少し多くて(講演会なのですからあたりまえ)残念でしたが、フィリピン、ソマリア、カンボジア、ガーナにおける各国の現状や医療・教育について携わる人々の息吹を身近に感じられてよかったです。
 オーディエンスは予想以上に多く、2階のギャラリーもほぼ満席になっていました。私たちの街にもこれだけたくさんの人々が国際協力に関心を持っているのだなと、嬉しく感じました。顔見知りの学校関係の先生方にもお目にかかれ、今後近郊の学校で国際理解教育がさらに深化、充実されて行くであろうことを感じました。しかし、若者達の姿が少ない。
 「どうしたミレニアム世代!」
 やはり、ここはロックでいくしかないのか・・・。
 
 会場ブースでガーナのHIV陽性女性を中心としたNGO{PAFA}(JOCVサポート)が提供する携帯ストラップを購入しました。携帯電話といえばやはり気になるアフリカのレアメタル経済戦略。その一端を担っている自分のせめてもの還元も今の自分にできることの一つとか理屈をつけてはみたものの、実はビーズ付きの手作りストラップが素敵で気に入ってたりしています。

 桑山氏が語る「国際協力の根底にあるもの」:「見過ごさないことと関心を持つこと」
 みんな熱いよね。だからアクションが今の時代に意味を持つんだと思うよ。
 
 
 

 

■丘を吹く風
6/12
 
秋葉原の無差別殺人をめぐって、今日の若者のおかれている状況を解説したトピがあちらこちらに立ち上がっている。専門家による書き込み等の記述からの精神分析や生い立ち、労働状況等視点は様々だ。
 だが、尊い命をナイフで切り裂いた彼を社会が切り刻んでどうするよ。
 彼は特別な存在では決してない。特別な存在でありたいという願望を持つ人間は少なくないし、幸せに生きられない人生への怖れを抱えている人もたくさんいる。
 自殺者が増加する日本にあって、反社会的行動に取って代わる人間が増加することは当然のなりゆきだ。
 肯定しているのではない。危機感を感じているのだ。
 かつて、引きこもりの増加は家庭内暴力を激化させた。自己実現ができない理由を他者の責任と断定した時点で、他者への攻撃感情は自己防衛手段として生じるだろう。他者に危害を加えることで、自己の精神の崩壊を防ごうとするのかもしれない。苛立ちは時とともに研ぎ澄まされ、計画的な殺意へと移りゆく。no way out  
 彼を理解しようとは思わないし、彼だけではなく自己の欲求で他者を傷つけ殺める者達
を弁護するつもりもない。ただ、社会の閉塞感を多くの若者が感じていることは事実であろうし、私たち大人が少年から青年に育ちゆく彼らに心の拠り所となるメッセージを伝えられていないことも確かである。
 親ができなければ、誰がする。誰がしてもいい。いや、誰かがしなければならなかったのだろう。
 彼らを涙して抱きしめてやる大人がいるべきだったと思う。人生なんてそんなものなんだよ。生きるってつらいことなんだよ。って優しく抱きしめてやる人間がいるべきだ。未だに「勝ち組、負け組」なんてマスコミ用語?(死語かな)を使ってるコメントもあるが、そんな二元論にたって社会を切っているから、いろんなものを切ってしまう人間が生まれるんじゃないか。
 人は成長していく途上で、多かれ少なかれ自分の無力さを感じる機会に出くわすものだ。生まれて、老い、病気になり、やがて死にゆく人生を受け入れる方法を模索する。老いることへの不安、病気の苦しさへの危機感、経験したことのない死への恐怖など、それぞれのことを克服できる術を探すものだ。その答えは決して二元論のなかには存在しない。
 丘の上の愚か者は沈みゆく夕日に向かって何を思うのか?自己の存在を思うばかりではなく、丘を吹く風が優しく抱いてくれていることを感じられる感性をこそ育てなくてはならないのではないだろうか・・・。
■セーブ ザ フューチャー
6/8
 
 NHK特別番組が昨日から二日間連続で放送された。先ほど四川省出身のalanさんのライブボーカルと坂本龍一氏のピアノ演奏のVTRコラボで幕を閉じた。「懐かしい未来」という曲は大貫妙子氏の言の葉と菊池一仁氏のメロディーに人々の願いが込められた、アジアンテーストな素敵な曲に仕上がっていた。四川やミャンマーでは今もなお、生きることと闘っている人たちがいる。きっとこれから勇気や希望を奮い立たせる歌声となって届くことだろう。

 地球と地球に住む私たちの未来を救おうと番組進行がされていたまさにその時、秋葉原での悲劇は同時進行で起こった。
 事件の詳細が判明していないのでコメントはひかえるが、亡くなられた方々のご冥福をお祈りしたい。また、傷ついた方々の一日も早い回復を願っております。

 美しい番組のエンディングと現実の街角で起こった悲劇が違和感をもって私に押し寄せてくる。
 この感覚はなんだろう?

 過日、釜が崎のこどもの里で2冊の本を購入した。「和解」と「長崎の歌」パウロ・グリン氏の著書である。

 しばし、問いかけよう。
他国の視点で見た過去の日本人の有り様がどのようなものであったのか?
そして、私たちはどこに向かっていくのか?

 

 
 
■ミャンマー軍事政権と国民、国際社会
6/7
el perezosoさんの日記より転載

Dear friends,

The cyclone that hit Myanmar on 2nd of May had a devastating effect. The Myanmar Information and Management Unit (under UNDP) estimates that 24 million acres of rice paddies were submerged underwater (which translates into 20% of Myanmar's rice production), 33% of the country's livestock perished, 1.6 to 2.5 million people affected, and 180,000 dead or missing.



A friend studying in Sri Lanka lost all his family and relatives. A frequent visitor to our neighbor's house lost 40 relatives. A pregnant women living near our street who went back to her parents to give birth drowned; her husband, too far to save her, watched in despair as she disappeared. Families tied together with hope only to be ripped apart by the rising water and wind... entire households dying together. These are but some stories I know and heard from my sisters who are in Myanmar. The place and the life that they once knew has changed forever.

Within the first 2 days of the storm, life-saving support was given to these people by independent groups and individuals. So far 1000 tons of the 50,000 metric tons of food from the United Nation's World Food Programme (WFP) have been distributed. According to UN estimate 262,000 persons have received some kind of assistance from international NGOs. However, they are unable to reach those in inaccessible areas.



Help is needed NOW. Despite the obstacles and challenges, ordinary people have come together to do extraordinary things, but resources are stretched thin. Although I do not know of other groups, I can share some insight on what my sisters and our friends (doctors, people from local and international NGOs, and those from other professions) are doing. Since I'm here in the Philippines, I'm unable to join the work but find comfort in doing what I can from here.



We believe that it is more important to light a candle than curse the darkness, and when the candle runs out? One story comes to mind, "The boy and the starfish". There are still countless starfishes that lie on the shore needing help as the tide recedes. He knows he can't throw them all back to the sea but continues doing it anyway. Because it makes a difference to each starfish. Because to each starfish, as it is to the boy, it is a matter of life and death.



My peoples are in my prayers and my heart goes out to them. And I thank you all my friends for sharing in our grief.


マニラ<ストリートチルドレン>はこちら
  →
http://blog.kansai.com/shucolt39/24



■児童労働反対世界デー
6/4
 6月12日は、児童労働反対世界デー(World Day against Child Labour)。
 
 
世界では児童労働、児童兵士、児童買春等々の問題が、日本でも児童虐待、いじめ、児童ポルノ等々の問題が日々情報発信されています。

 児童に学びの機会を保障する国際社会の構築が、平和で貧困のない世界を作り上げる基本であることは間違いありません。

 日本では児童が教育を受けられることは当たり前のようですが、なかには何らかの理由で教育が受けられない子どもたちもいます。また、当たり前のように学校に通う子どもたちのなかには「なんで勉強しなあかんの?」「学校なんて行きたくない!」と感じている子も少なくはないのです。「世界には学校に行きたくても行けない子どもがいるのだよ。」という投げかけもピンとはこない・・・。
 
 真実を目の当たりにして感じる機会が希薄だからでしょう。
 
 日本の児童達自らが、児童労働を強いられている世界の子どもたちを支援するような教育こそ求められると思います。

 児童労働反対世界デー・キャンペーン2008


 
■V系とロック
6/2
 
YAHOOで「basktribe」を検索すると

V系ライブ、初体験 - 真花の雑記帳(音楽と仕事とAdvanced [es]と)

というサイトにアクセスできた。どうやらこのマイカさんという人は池袋サイバーにバスクトライブのライブを見に来ておられたスーツ姿の御仁のようだ。

彼女はブログに、*以下抜粋*****************

 推測だが、彼女たちにとってバンドは「きっかけ」にすぎないのではないだろうか。「好きなバンド」を決め、そのバンドの応援をしながら他のファンと一緒に踊り、カタルシスを感じるという行為にこそ、喜びを感じているのではないだろうか。たった一度、現場を見ただけの推測なんて、まったくアテにならないが、なんとなくそんなことを思いながら、客席を観察していた。******************

というコメントを載せておられた。なんと鋭い観察眼だろう。池袋サイバーのV系イベントにオーディエンスとして参加していたのは高校生くらいの若い女の子がほとんどだった。音楽を感じるというよりはお気に入りのバンドの煽りに身を委ねることで仲間と生きている実感を共有することが目的とされているようだ。
 
 ライブハウスやプロモーション活動においては一線を画するV系とロック系であるが、個々人の好きずきはさておき、音楽のジャンルの壁は私にとってはどうでもよい。心に響くもの、魂を揺さぶるもの、共有できる思想や叫び、高い音楽性が問題なのであってその表現方法にこだわりはない。

 とはいえ、V系はコスチューム・メイクetc歌詞、サウンドと合わせてバンドコンセプトとしての独自の世界観を表現する。それ故に、音楽性とマッチしないバンドも出てくる。いわゆるイメージの世界を醸し出す。一方、ロック系は一部パフォーマンスとして共通の衣装等を身にまとうこともあるが、歌詞とサウンドでバンドコンセプトを表現する。故にリアルである。
 かたやバーチャルな世界、かたやリアルな世界。
この相容れないはずのフィクション(V系)とノンフィクション(ラップサウンド)が融合されているのがバスクトライブのライブパフォーマンスのような気がする。バンドの意向はともかく、私にとってはこのことこそが「NEO STYLE」なのだ。
 フィクションは今日、リアルな世界を動かせる力がある。バンドの世界観はやがて生み出されるであろうDVDを待つこととして、今後の活躍に期待したいものである。    http://baskblog.net/


 


6/1新BSディベート「アフリカの声にどうこたえる」
***視聴メモ****
成長 チャンス 社会的正義
各国々の過去
各国の人々からの主張
人材確保 先進国の人材引き抜き

効果的支援の有り様
ケニアの問題 2006年経済成長率6%の急成長
昨年末の暴動
キバキ大統領のキクユ人優遇政策
他民族の不満 民主選挙の要求

ユース・イニシアティブ
*国家統治の問題:支援の必要なところへの分配
*教育の充実

あらゆる局面の検討
巨額の負債に苦しむ国家:国家予算のほとんどを借金返済に充てなければならない。

西側諸国が独裁者にお金を貸していた冷戦時代

支援額の増加;人々の公共施設 経済成長を生むインフラの充実

貧困の増長:援助に対する過信 アフリカがするべきことをしなかった
アフリカ人の受け入れ
ワシントン・コンセンサス:の大失敗
アフリカはアジアをどう見ているか:貧困解消を視野に入れた公共政策

国際社会から要求されたことの実行が豊かさに結びつかなかった。

アフリカは何故発展しなかったのか?

人間の安全確保のみの視点<経済成長を重要視点として
安全確保なしに経済成長なし
*人々に力を付けることが重要

農業政策に重点を置いたインフラへの公共投資

民間セクターにインフラを任せておくだけではダメ
国が行動しなければいけない。
ナショナルガバダンスの課題

アフリカンのほとんどの国は民主的に国家運営が行われていない。
民主国家15国
援助の方法に課題があった。

子どもたちの生き残りなしに人材確保はなしえない。


第2部

 世界銀行総裁ゼーリック氏
*1995〜2005 サハラ砂漠以南の17カ国5,5%の成長率半分は資源のない国
*エネルギー インフラ 国際社会へのアクセス
*戦争や紛争の中で生きる人たち アフリカの人たちの声を聞くこと

*経済成長(量的)と開発(質的)は違う

ワシントン・コンセンサス
社会サービスに国が関与できなくなった。
拒否したアジアはめざましい発展を遂げた。どういうことか?

*アフリカのリーダーが望んでいること
 アフリカは自立できる:高等教育と職業教育が重要
 
アフリカ統治の腐敗:指導者のエゴ

健康・平均寿命40歳以下
*保健医療の公約が履行できない
医師の人数が圧倒的に少ない。 支出に上限がある。政治的意志ではない。
しくみの問題

世銀のアフリカ投資の12〜13%は医療支援
支援の使い道が問題
ゲイツ基金:官民協力の強化

地方の問題:民間部門は行かない、国が保障すべき

エイズ対策
都市と農村 農村開発の重要性
貧困の罠:都市部のお金が農村に回らない
農業を経済成長に結びつけないといけない。
ネリカ米
バラの輸出:エチオピア
価格設定

栄養失調

所得の分配

CSR 企業の社会責任

援助金の効果の検証

地球村 自分の家族に行うように彼らにも行うべきだと考える。




■ホームレスからの震災寄付
6/1
5/26付yahoonewsで中国の一人のホームレス男性が四川大地震被災者支援街頭募金で7年間蓄えた金銭180元すべてを寄付したことが報じられた。
   http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080526-00000020-scn-cn

 mixiサイトのsonoさんという方の日記を通して知ったのだが、この記事に対してのyahoonewsに寄せられたコメントは前向きに受け止めているものが多かった。
 その中で、在日中国人の方が、

 
今回の天災人害によって、中国の人々が動き始めた、例の見ない行動を取っているようです。上海在住の友人は今まで政治にまったく関心なかったが、現在ボランティアを参加している。

日本の皆様の暖かく応援に感謝の気持ちがいっぱいです。

これからもユニセフに寄付をし続けたいです。

また、逆に一部の人間は中国のマイナスな面に釘付く、よい面を背ける。よい面があっても、必死に裏面を探す日本人。確かに単純ではないが、素直でもない。

在日中国人

   というコメントを寄せていた。

 チューインガムの空き箱に少しずつ貯めていったお金。使い道が見つかったことがこのホームレス男性にとっての喜びだったのかも知れない。肉体労働、ゴミ拾い、物乞いをして、7年間を生きてきた意味が明確になったことこそ喜ぶべきことだと思う。


災害時、奪う人間もいれば、与える人間もいる。
住民票を持つことで義務と責任が生じる社会で、住民票を持たずして生きる意味を見いだしたこの男性の叡智に頭が下がる思いである。


■「アフリカ 21世紀の力」
5/31

     


 
5/31朝日新聞朝刊はロック歌手ボノ、ボブ・ゲルドフ両氏が一日編集委員を務めた「アフリカ特別紙面」で届けられた。第一面を飾った飯塚晋一氏が撮影したケニアのスラム、キベラの少年の写真は世界の現実の壁をうち破るパワーにあふれていた。坂を駆け上がる少年の後ろにはうっすらと虹が架かっているのである。
 見出しは「アフリカ 未来へ学ぶ」
 一面記事は西アフリカの内陸国マリの南西部の村ゴンコロニ村のこと
国の政策に頼れない村人達が綿花生産で積み立てた非常時用の資金を取り崩して自前で学校を作ったというもの。マリは最貧国の一つ。識字率23%、就学率61%。低賃金で身分も不安定な公立校教員の不満は強く教育制度は崩壊状態にあるとのこと。国ができないことを、村人がする。その主体的な行為に21世紀のアフリカの力を感じずにはいられない。「教育は生きるすべなのである」外部との関わりの中で21世紀を生き抜こうとする子孫を育成することこそ今を生きる私たちの務めではないか。今の日本に必要なのは写真の少年のような「生きる力」ではないのだろうか。

■日本のリーダーシップ
5/30
 
世界の今日的な諸問題についての国際会議が日本を舞台に行われている今年、TICADは幕を閉じたが、アフリカの社会問題を日本の大衆に明確にした意義深い機会であったと思う。それに対して、日本が抱える課題もまた大きい。U2のボノ氏は語る。「日本は約束を守る。」と。
 ボノ氏のメッセージ 環さんのブログをご覧ください。(わかりやすく掲載されています。)
               http://ameblo.jp/waiwailife/day-20080530.html
アフリカの代表者は語る。 
「アフリカはアフリカ人によって変わる。それは、教育によってなされる。」
 コンゴの小学生の就学率は54%。
 学校建設支援も大切だが、側面を変えると「日本は日本人によって変わる。それは教育によってなされる。」ということを私たちは認識しなくてはならない。国家の有り様は国民の有り様によってよりよく変化して行かねばならない。公教育が日本の国民性をどのように高めていくのかが実践的に問われなければならない。日本人一人ひとりの意識の変革が世界の諸問題に取り組む国家政策の原動力となったとき日本は横浜宣言を真に実行し、約束を果たすことができる国となるのではないだろうか。
 豊かすぎる商品流通・消費活動、他者に対する思いやりの実践等について大人に対して「そうじゃないんだよ。もっと大事なことがあるじゃないの。」って言える子どもを育てていかないとダメなんだよね。

 国内にも様々な課題を抱えているとはいえ、やはり日本は世界に期待されている。
 それは、戦争の経験を通して武力を否定した平和国家であるからだ。
 クラスター爆弾即時全面禁止条約(全会一致調印)への日本(福田首相政治判断)の同意もまた然り。
 アフリカは民族紛争の仲裁に「日本という国の憲法9条を持ち出して説得をしている。」との報道もあった。
私たちは「平和国家としての質を高めることを目指し、世界の中でさらなるリーダーシップを発揮する日本人の国民性を磨く」ことを意識的に追求する必要がある。

 あるカトリック系の私学ではおにぎりだけの給食の日があると聞く。子どもたちはそのおにぎりを食べられることへの感謝の言葉を唱えるそうだ。教育理念が明確だとその実践は意味を持つものだ。公に宗教を持たない公立学校とて「倭心:感じる心のDNA」の名において新たな実践が実施される時がきていると考える。
 
■学校で教えてくれないそこノトコロ
5/23
 
女子バレーボールが北京行きを決めた。柳本監督の熱さは大好きだね。監督自身、確か選手時代にモスクワオリンピックのボイコットでオリンピックでのリベンジができないままでいたとか。監督自身のオリンピックがまだ終わっていなかったのだな。

 チャンネル変わって、「学校で教えてくれない・・・・」所ジョージさんの番組。マグロの開きのフライを作るとかって・・・。ばかばかしさを通りこして、何か痛い。
 でも、「ジャンボはどれくらい大きいのか?」トピックはおもしろかった。
ジャンボはアフリカのスワヒリ語の挨拶の言葉。こんにちは:ジャンボ!それが、いつ頃英語のJUMBO:大きい になったのか?って。知らなかったんだけど。
 
 スーダン生まれの一頭のアフリカ象がいて、フランスの動物園へ送られ、イギリスのロンドン動物園へ移され、そこで飼育担当者に命名されたのがジャンボ。時はサーカス流行期。その像ジャンボはサーカス団の花形としてアメリカに移っていった。19世紀後半、像の大きさと名前のJUMBOがJUMBO=大きい、巨大を表す英語となっていったとか。その像ジャンボは多くの人々から愛されていたが、1885年巡業先のカナダ:セント・トーマスで線路を歩いている赤ちゃん像を列車から守るために身を投げ出して命を落としたのだそうだ。セント・トーマスではジャンボの像と共に今でも市民から愛し続けられているらしい。
 ジャンボは愛された英雄の大きさだったわけだ!

 故郷から連れ出され波瀾万丈の生涯を送った一頭の象。何かいろいろ考えさせられるね。

 
■胸が熱くならないかい
5/20
 「世界の肖像コミュ」ミッシェルさんのトピから
 ********************
    
アフリカ大陸の東、
インド洋に向かって突き出している場所に、
ソマリアという国がある。

日本より少し大きい面積の国土に、
東京23区の人口より、
ちょっと少ない数の人々が暮らしている。


ソマリアの沿岸は、スエズ運河の出入り口で、
日本の船を始め、世界中のたくさんの船が、
この海を行き交っている。


だが、その海を通過する国々の人々は、
ソマリアに住む人々の暮らしに目を向けることはない。


そして、世界だけではなく、
当のソマリア政府さえ、
人々の暮らしを気にかけることはない・・・
・・・というより、
ソマリアに、今、公式な政府は存在しない。



1991年から激化した内戦は、国を崩壊させ、
この国の人々から、学校、警察、医療など、
すべての行政サービスを奪った。


また、昨年2007年暮れから
隣国エチオピアやアメリカなどが、
ソマリアのイスラムグループに対して、
テロとの戦いと称しておこなった、
大規模な攻撃の後は、
16年間の内戦の中で、最も悪い状況に、
ソマリアの人々は置かれる事になった。


この数ヶ月間の戦火の中、
殺された者の数は、6500人、

自分たちの土地を離れ、難民となった者は
100万人にも上る。

さらに、干ばつが、追い討ちをかけている。



そんなソマリアの人々に対し、
世界は、新たな試練を突きつけた。

「国際的な食料価格の高騰」だ。



今月5月19日、国連食糧農業機関(FAO)は、
ソマリアの人口の3分の1を超える
260万人以上が、食糧危機に陥っていると発表した。

その数は、今年の1月に比べ、
40%増えた。

そして、このまま行けば、最悪の事態として、
この国の半数が、飢餓に陥ると伝えている。



5月17日付のニューヨークタイムズの記事に登場する
ソマリアの女性25歳の女性サフィア(Safia)さんは、
1歳になるファルハーン(Farhan)くんのお母さんだ。


飼っていたヤギは、
この干ばつで死んでしまった。

今は、自分の食べる食料も、
粉ミルクも、手に入れることができない。


サフィアさんは、7日間、何も食べていない。

長老は言った。
「もう、彼女は死ぬでしょう。」

そして、1歳の赤ちゃんは、お母さんと一緒に飢え、
衰弱し、もう、つねっても反応しなくなった。



世界的な食料価格の高騰。
そして、その原因の一つの石油価格の高騰。


だが、今、世界には、
世界中のすべての人々が
十分食べられるだけの食料がある。

そして、石油だって、足りなくなってはいない。


今の価格の高騰は、世界のお金持ちたちが、
自分たちの"未来"の
食料やエネルギーを確保しようとして・・・
・・・そして、ついでに、それで儲けようとして・・・
・・・引き起こしている。



2008年、
FAOが年間に必要だと主張している資金、
1800万ドルに対し、
これまでに国際社会が提供した金額は、
スウェーデンとイタリアによる
380万ドルに過ぎない。


アメリカ合衆国が、石油資源確保のためにおこなった
イラク戦争のために使っている金額は、
1日、2億ドル以上なのに。



ニューヨークタイムズの同じ記事に、
もう1人のソマリアのお母さんが登場する。

サイーダ(Saida)さんは、
2人の子どもを木の下に置いて、
水と食料を探しに出かけた。

2時間ほどして、サイーダさんが戻ってくると、
2人の子どもは、もう、息絶えていた。


「せめて、わたしの腕の中で、死んでいって欲しかった。」
お母さんは、ぽつりと言った。



未来の食料やエネルギーの取り合いゲームの中、
世界の"どこか遠く"の子どもたちは、
お母さんの腕の中で死ぬことも許されない。
****************************

ミャンマー、四川の大災害と同時並行して起こっている世界の現実です。         体制の外に居させられる飢えた人々にはその日の食料は届かない。
軍事態勢 国家秘密 穀物先物取引 先進国の地下資源確保戦略 某国々の兵器輸出計画・・・。  世界的に人間は一体何をやっているのだろう。
私たちはそのことに対して本当に無力なのか?
現実を知って誰もが感じるこの悲しみを、今日を生きるエネルギーに変えることができるはず。
僕らは今という時代に生まれてきたのだから。

あるコンビニの店員さんが、日々数多の食品を廃棄することについて語った。
「飢えに苦しむ人々が世界にたくさんいることは知っています。でも、僕は日本(という豊かな国)に生まれたから・・・。生まれたところが違ったんだからしかたないと思わないと仕事ができないです・・・。」彼にとってはどんなに心が痛んでも、廃棄することが仕事なんです。彼もつらい仕事をしてるんです。
食品流通・・・。考えてみましょうよ。


  
■音楽的回想1
5/18
 
書棚から1988年新潮社文庫として発行された「ロック〜ベスト・アルバム・セレクション」(渋谷陽一著)を引っ張り出して読み出した。

この本の便利なところは1962年〜1987年の主だったロック関連のアルバムが年代順に掲載され批評されている点だ。

1962年のジェイムス・ブラウン/ライブ・アット・ジ・アポロに始まり、1987年のU2/ヨシュア・トゥリーまでの140枚あまりのアルバムを年代順に思い出すことができる。

1962年といえば3歳の時、家には蓄音機があって分厚い盤のレコードが回り民謡だったかが鳴っていたのをかすかに覚えている。1987年は27歳で息子が誕生した年だから、ほぼ誕生から親父になるまでの1/4世紀をカバーしている。

現在のMUSICシーンもルーツを見ていくと、19世紀後半に形式を固定していったブルース<とりわけ1930年代の「クロスロード」ロバート・ジョンソン」は後日取り上げたい。>
であったり、レゲーであったり、ジャズ、クラシックとのフュージョン的進化であったりとその歴史的変遷を辿ることはすこぶる楽しいものである。


さて、私事にもどると、5歳か6歳の時だから1965年頃にビクターのステレオというのが家にやってきた。犬の置物が付いてきて、そのビクター・ワン君は落とされては接着剤でくっつけられるという不条理を乗り越えて輝き続けていた。
その頃、耳についた曲は加山雄三氏の「君といつまでも」とか親父が好きだった曲。
なんか赤いセルロイドのようなソノシートっていったかな?みたいなのもかかってた気がする。

小学校に入って、誕生日プレゼントにおもちゃのエレキギターを親父からもらった。そりゃ弾けちゃいました。その年の大晦日はそのギターをコードもわからずにグループサウンズの曲に合わせて弾きまくった。スパイダース、ブルーコメッツ、ワイルドワンズ、タイガースetc

洋楽に興味を持ちだしたのは、5つ上の兄貴の影響とTVで放映されていた「ザ・モンキーズ」だったかな。「HEY HEY We are the monkeys・・・るんるん」って歌詞を意味もなく覚えて歌ったりしてました。
「ベンベン ゴーラ!」って訳わかんないパフォーマンスに大笑いしたりしてね。あと深夜にやってたトムジョーンズとエンゲルベルトフンパーティングだったっけ?の番組も好んで見てた。(これはもうちょっと後か?)振り返ってみると、とっかかりはめちゃめちゃミーハーやったんだな。

1964年以降ビートルズがブームになったがビートルズは何故かほとんど聴かなかった。たぶん異端を好む兄貴がヤードバーズ、クリーム、ローリングストーンズなんかをよく聴いていたから感化されたんだろう。頭に響く曲はレッド・ツェッペリン「移民の歌」

初めて買った洋楽アルバムが「フリートウッド・マック/聖なる鳥」ピーターグリーンのブルーシーなボーカルとギターがお気に入りで何度も聴き返した。周知の通り、サンタナで有名な「ブラック・マジック・ウーマン」の原曲オリジナルはピーターグリーンだ。まあ小学校時代は、吉田拓郎とか井上陽水とか友達の兄貴にも影響されたかな。でも、クラプトン、ジェフベック、リッチブラックモア、ジミーペイジ、ジミーヘンドリックスectのギターサウンドにのめり込んでいきました。


     まずまず 「20世紀少年」 ってところだね。

■母の日のカーネーション
5/10
明日は「母の日」
どこかしこの売り場にもカーネーションやバラやシンビジウムがデコレーションされている。
 mixi「世界の肖像」コミュ<ミッシェル>さんのトピからの抜粋

母親にも世界格差=全員が子の死に直面−ニジェール
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&id=483029

 日本や米国が「母の日」を迎える11日に合わせ、各国の母親に大きな格差が存在することを知ってほしいと、国際的な民間援助団体「セーブ・ザ・チルドレン」がこのほど、報告書をまとめた。5歳以下の死亡率など各国の母親の置かれた状況を調査し、国別に順位を付けた結果、極めて高い子供の死亡率を記録した北アフリカのニジェールが最下位となった。このニジェールの死亡率は「すべての母親が子供の死に直面することを意味する」(同報告書)という。

 調査対象は146カ国。安全な出産環境や女性の平均寿命、公教育の期間などを調べた。

 その結果、1位のスウェーデンでは、女性は平均17年間の公教育を受け、平均寿命は83歳、5歳前に子供をなくす母親は185人に1人だった。これに対し、ニジェールでは公教育は3年以下、寿命は45歳、そして子供の4人に1人が5歳の誕生日を迎えられない。母親1人が平均8人の子供を産むが、出産時に医療従事者が立ち会える母親は3人に1人だった。 

時事通信社

今年は手紙を書いて母親に渡そうと思う。物に心を託すのではなく、言葉に託してみようと思う。
 
■人間らしい心
5/4
 5/4付け京都新聞第1面のソフィアに京都大大学院教育学研究科准教授:明和政子氏のコラムが掲載されていた。
 「「教育」が生む人間らしい心」と題して、個を取り巻く社会、環境が心の発達に決定的な役割を果たすことをチンパンジーの子育てと人間の子育てとを比較しながら紹介している。
 以下『』は、コラムより抜粋*できるだけ文意を損ねないように配慮しています。
 
 『人間は赤ちゃんを一人前の存在として扱う。赤ちゃんの興味を引き、手をとって教え、行為を共有するよう「強制」する。
 それに対し、チンパンジーは子どもがやろうとすることを褒めもせず叱りもせず、ただじっと「静観」し「許容」する。さまざまに経験する機会を子どもに自由に与える、それがチンパンジー流の子育てスタイルだ。チンパンジーの子どもは、自身の経験の蓄積と他者の背中を見ることで心を育んでいく。
 人間らしい心を生み出すのは他者からの積極的な足場づくり、「教育」を特徴とする人間独自の環境である。そうした環境もまた、人間らしい心のはたらきによって支えられている。心の発達にまつわる問題が深刻さを増す今・・・・。人間らしい心は人間らしい養育環境でしか育めないよう進化してきた。私たちはこの世に生を受けた瞬間から、次世代の人間の心の発達を支える環境としての役割を担っている。』

 氏の論ずるところは理解できる。重たい話だが私たちは人間なので、みんなが次世代の心の発達を支える積極的な足場づくり、「教育」を特徴とする人間独自の環境(人間らしい養育環境)を整えなければならない。ということだ。
 そこには一つ前提となっていることがある。その環境が人間らしい心のはたらきによって支えられていなくてはならないということである。

 氏の論ずるように、おそらく人間の子どもは自身の経験の蓄積と他者の背中を見ることだけでは人間らしい心を育むことはできないように進化してきたのであろう。

 だとすれば「人間らしい心とは何か」が明確にされなければならない。
 
 また、氏が深刻さを増す「心の発達にまつわる問題」を具体的にどのような問題としてとらえられているのかは読みとれないが、人間らしい心とはかけ離れた行為が世界中で起こっているのは事実である。言い換えれば、「人間らしくない心」に支えられた養育環境が温存されていることにこそ問題があるのではないか。
 
 我々は今一度、養育環境の質を問わねばならないようだ。
 その環境は、本当に「人間らしい心のはたらき」によって支えられているのか?と。

■地球データマップ 
5/1
 夏も近づく八十八夜ということで風薫る5月になりました。
 大阪では連合主催のメーデー集会に橋下知事が欠席し代理の方が出席されたとか。
 日本の複数地で「若者層の新しい貧困」をテーマにしたインディーズのライブが実施されているようです。
 若年層の雇用枠の増加、労働条件の改善、派遣システムの見直し等々の主に15歳〜24歳の若者たちをめぐる「生きる保障に関わる社会問題」に対して私たちは、これから真剣に考えていかなければなりません。
 

 グローバルスタンダードの潮流の中、株主への配当が最優先され、労働者の賃金引き下げや社員雇用の減少をやむなくされている企業の現状。経営陣が暴利をむさぼっている訳ではありません。企業が生き残る(国益)ためにリスクを下げることは必要です。自ずと労働者への賃金総額は限られてきます。ただし、給与体系に見直しの余地はあると思います。「年功序列」によって確保されてきた社員の所得と豊かな中流生活ですが、雇用問題の解決は同一労働・同一賃金という労働者間の痛み分けなくしては実現していかないような気もします。
 

 「4階までの階段を重い荷物を何度も運んで1日5千円。その仕事が明日はあるかわからない。そんな俺らの気持ちあなた達にわかりますか?・・・。」ってテレビで語ってた髭面の青年。
 今の日本で若者とて月10万でどうやって生活していけるのか。おまけに公共料金は値上がる一方だし・・・。
 

 個人の努力じゃ生きていけない者が増えている現実を日本の教育界はどうとらえ、子どもたちに何を指導しようとしているのか。何処に就職できるかが「将来を約束され」進学の目標とされた時代ではないことは確かである。確かな学力は大切であるが、確かな学力が生かされない現状があることも教育者は認識すべきである。「何のために勉強するのかわからない!勉強しても意味ないじゃん!」と感じてきた子どもたちが大人になっている社会なのだから。スキルアップ、資格取得が教育の主流となっている。お金を払って資格を取る。その努力なしに採用なし。職業のスキルアップが職場でできるってのも大切ですよね。でも、はじめにお金か職場がないとだめか・・・。
 
 
 若者たちの自己実現という夢は金銭不足の前にもろくも崩れ去っていく。それがリアリティーってもんだ。自己実現なんて感覚を育ててもらっていないのかもしれないが、はい上がる気力が持てる教育がされなきゃね。はい上がれる社会を創って行かなきゃね。
 
 それでも先達のおかげで日本の社会は恵まれてます。
 今日的課題をどう解決していくかを知恵を出し合って考えていけばいい。
 ただ、自他の垣根は少し低くするか取っ払ってしまわないとね。

 一度世界地図を見て考えよう!
 NHK 地球データマップ
  http://www.nhk.or.jp/datamap/17-1.html

     何でこの番組が深夜放送何やろね。
     家族一緒に子どもたちと見たいですよ。
     http://www.nhk.or.jp/datamap/top.html


■報道と世論
4/14

 
先月にジャーナリスト田原総一朗氏を座長として日中ジャーナリスト交流会(第2回)が北京で行われました。
 折しも、チベット騒乱後の聖火問題が起こった時期です。
 交流会での議論の報告がnikkei BP net にアップされているので是非とも一読してください。

     nikkei BP  日中ジャーナリスト交流会
    続きを読むには会員登録が必要ですが、無料ですので是非よんでみて下さい。

 中国と日本では報道に対する根本的な考え方が違う。
 中国における報道の目的は国益=国民益の意識の元に位置づけられている。
 日本では国益=国民益ではないという意識の元に報道がされてる。
   (できるだけ事実を尊重した形で報道されていると信じたい。)
 
 この両国間の報道の位置づけの壁を越えた形でジャーナリストの交流が進められたことはすごいと思う。

 日々様々な世界の問題が報道され私たち日本国民にも情報として届けられているのですが、主義主張を持たない報道はなく、何らかの偏向について正しく情報を理解する必要があるのは確かです。

 偏った報道に世論がなびくことは
 偏見の井戸端会議と同じく問題を難しくするにちがいない。

 私たちひとりひとりに事実を見極める力量が求められているのでしょう。

 そして、個人として意思表示をしていかなくてはなりません。
 すべての人がその年齢に応じた人間らしい生活を送れるようにするために。 
 
■BAND
4/13

 音楽で伝えるって素敵だよね。
 自分たちのスタイルで伝えようとすることはなかなか難しいことなんだけど・・・。
 今の時代だからこそ がんばって欲しいと思うよ。

 俺たち流を大切にしているBANDがいいね。

 BASKTRIBE ジャケット上がったんだね!


 ライブも楽しみにしているよ(*V*)
    
       以下ブログより転載
■BASKTRIBE/Neo Style 4月23日発売!!
■リリースインフォメーション

BASKTRIBE 1stミニアルバム「Neo Style」
2008年4月23日発売
絶賛予約受付中!!



========================

タイトル:Neo Style
アーティスト:BASKTRIBE
DISCナンバー:OYMC-0001
発売日:2008年4月23日
価格:¥1,500-(税込)

========================



-収 録 曲-
1.neo style
2.I say...
3.Discord
4.Last Kiss
5.Liar
6.the fool

お求めはお近くのCDショップにて。
※発売日に確実にご購入されるには、ご予約される事をお勧めします。
 
 
■城門の傀儡師
4/4

 
大阪城公園の桜を見ようと足を運んだ。満車の駐車場をいくつも越えて、少し離れたパーキングに車を止めた。
 大阪城ホールの前広場はHEY!SAY!JUMPの袋を肩にかけた若い子たち?でいっぱいだった。人混みをすり抜け、少し歩くと城門にたどり着いた。

 城門をくぐってすぐのところで少し人だかりしていた。
 傀儡師のじいさんが音楽に合わせて人形を踊らせていた。
 
 始終俯いて人形を繰っているじいさんとは対照的に、操られている人形はテンポよく河内音頭っぽい音楽に手足を揺らせている。

 城門の内と外で時間の流れが異なる感覚がおもしろい。
 文化の質はそれを受け止める大衆の質によって変わるのだなと思った。

 操り人形を見つめる子どもの目に映っているのは 
 きっと傀儡師の人生なのだろうと
 そんな気がした。

 流行 ファッション 連帯 ムーブメント ・・・ 
 全国ツアーのトレーラー 大手事務所・・・ 
 どんだけ〜
 関係ね〜
 
 

 このじいさんの傀儡Tシャツあったら
 
 俺は 間違いなく

 買うだろうね。
 


■桜花曼陀羅
4/2



それほど暖かくもない南風が吹いた

護国神社の石段では
男の子とシスターがボール遊びをしている

「STAIRWAY TO HEAVEN」
    LED ZEPPELIN
   




■希望のプリズム

3/31




午後の陽光に山桜花が映し出される

大地のオーラが虹色のプリズムとなって立ち上り

やがて 細やかな粒子となり フロントガラスに 降り注ぐ

連なる積雲の向こうに 

欠けている 一つのピースが見え隠れする

BGMは サラ・ブライトマン 「PASSION」


リトル マリー
3.26
 
ロッキー・ザ・ファイナルに登場するリトル・マリー

 60歳にして世界チャンピオンの若者と戦うことへの迷いを
ボロワゴン車の中でロッキーはマリーに相談する

say:ロッキー 
自分の信念は正しいと思っていたが
いざとなったら自信がなくなってきた

なぜ俺は そんなにボクシングをしたがる?
人生の真っ向勝負をしたいのかー

息子の言うようにエゴなのか

古い傷を新しい傷で忘れたいのか

自分でもわからない


say:リトル マリー
私口出しはしない主義よ
黙って聞いて見てるだけ

でも あなたは 人生の活力に満ちあふれている

皆 情熱を持っていても
その炎を燃やせる人は少ない

でも あなたは その機会を得た
燃やすべきよ

昔も これからも
それがあなたよ

他人に惑わされる人じゃない

世間にどう映るかより
自分の信じる道かどうかよ

ロッキー

私を見て

これは自分の信じる道?

自分がそうしたくてー

そうするべきなら
やらなくちゃ

戦うのがボクサーよ


殴らないで


今のうちに退散するわ
また明日

say:ロッキー
ありがとう 

   そのあと ロッキーが息子に語るシーンへと続く
   
   人生ほど重いパンチはない
   だが 大切なのはー
   どんなに強く打ちのめされても
   こらえて前に進み続けることだ

   他人のせいにするな

   自分を信じなきゃ人生じゃないぞ

                  




   
桃蕾
3.25



昨年植えた桃の木に蕾がつきました。

春が来るとやっぱり咲いてくれるのだなあ。

ありがとう


サンシャイン
3.22
サンシャインというインデアンが石渡 治氏の「BB」というボクシング漫画に登場してくる。
マフィアの幹部である彼は主人公BBの夢の実現に力を貸す。
多くの登場人物の中でその風貌ほど目立っているわけではないが、命をはって生きていることにおいてどの登場人物にもひけをとってはいない。


写真を整理していたら1枚のサンセットショットが出てきた。

陽光が照らすものは

田舎の風景ではない

地平線の向こうの海の向こうの

そこに生きる人々


今日生まれた子どもの産声

今日静かに息を引き取った子どもの静寂

傷ついた人  

傷つけた人もまた傷ついている


祈る人
感謝する人


人ばかりではない
生きるもの
波動を持つものすべてが
陽光の下
変化し続けている


循環のようでもあり
スパイラルのようでもある


日常がすばらしく大切だと感じられた瞬間

人は何をするのでしょうか





       http://jp.youtube.com/watch?v=n6GJgC2ZcKg
        
        一部衝撃的な映像を含みますので年齢及び体調に配慮してください。



http://jp.youtube.com/watch?v=1aWkKw_fO6k&feature=related




ハート ビート ヒート
3.21
ニュースは世界情勢を報道しています。

チベット人青年組織のデモ蜂起。  暴動と中国当局の武力鎮圧。
外部に流出した映像と写真が中国とチベットの関係の闇を歴史の中で浮かび上がらせている。

時を同じくしてアメリカでは退役軍人のイラク反戦デモ。
イラク駐留兵士の帰還要求。

異質な文化、アイデンティティーの違いに対する人間の論理。  
力あるものに『寛容』『容認』の余地はないのだろうか。


傷つくのは身体的、経済的な弱者がおきまりのこと。


マナーの悪さに腹立つこともあるが、
生活空間の違いが価値観の違いを生むのは当然の理。

他者には他者の理屈があるもの。

拳で語り合うしかないのか。
命のやり取りしかないのか。

   それでも、どこか信じたい。人として同じ時代を生きていることのハート・ビート・ヒート


                  



 
コーヒーブレーク
3.15  
 一軒のコーヒーショップがありました。郊外の運送業ビルの1Fにガラス張りのテラスと赤と緑のコントラストの看板のある店です。座り心地がいいとはいえない椅子にすわって時間潰しにホットコーヒーを一杯注文しました。ホットコーヒー・アイスコーヒー・ブルーマウンテンという単純明快なメニューからの選択でした。バンビのようなママさんがこめかみにしわを寄せて微笑んでいました。
 一軒のコーヒーショップがありました。川沿いの少し賑やかな町の少しばかり入り組んだところに木の看板を掲げている店です。白髪のマスターがいれたてのコーヒーを運んできてくれました。あとしばらくで店をたたむそうです。
 階段を下りるとノブのないドアがありました。押して中にはいるとチャーリーパーカーが聞こえてきます。バードシンボル。薄暗い灯りの下をコーヒーの湯気と煙草のけむりがのぼっていきました。店を出ると地上の光の眩さに目を細めます。
 川岸のサーフショップ風の店のモーニングコーヒーはアメリカンでレモンが添えられています。夏の日差しが店内に入ってきています。

 そうそう思い出せないコーヒーの味もあります。インスタントの紙コップのコーヒーがおいしかったこともあります。
 雨の匂いがほろ苦く感じる時もあります。一杯のコーヒーに生きることをすくわれることもあります。

 あなたは紅茶派ですか?茶道はあっても珈琲道というのはないですね。家元がいないからでしょうか?それとも私が知らないだけなのでしょうか。

    春一日いとおかし
ひとの匂ひ
2.7

 
書棚から昭和54年12月5日に発行された朝日カメラ増刊号「木村伊兵衛」特集を引っ張り出して眺めています。
写真集には1950年代の戦後しばらくたった日本、中国、フランス(パリ)の人々が被写体としてとらえられています。以前、私のトライアスロンの師匠であるY氏から写真の個展「ひとのにほひ」の案内を頂いたので喫茶ギャラリーへと足を運んだことがありましたが、確か氏の尊敬しているカメラマンが「木村伊兵衛氏」だったと記憶しています。
 土地と人に溶け込んで撮影した写真の人々の表情がヒューマニズムに満ち溢れているのが印象的です。銀座のママであれ、工場の職人であれ、路上の子ども達であれ、そこに生きている証を存在感として刻んでいるのに今さらながらに驚かされます。
 木村伊兵衛氏はその自由な精神でその時代を生き抜いている人々をありのままに写しています。それだけに、写真を見ていると今の時代との人の精神におけるギャップを感じずにはいられません。貧しき頃の日本ではあれ、生きることが輝いている。寒風が鼻をかわかせ、水洟でテカテカになった着物の袖を恥ずかしげもなく振り回して遊んでいた頃。エイセイボーロなんてお菓子をもらって喜んでました。
 今日TV番組で食事の大盛り特集をやってました。2Kgのパフェとか売ってるんですね。オムライスなんか1皿に卵12個も使ってました。メガブームですか・・・。年末の大食い番組といい、最近の24分間に体重2Kg増えたら100万円とか、、、。見てる分にはおもしろいのですが、何か悲しくなるメディアが多いですね。国民がメタボったら誰かが儲かるのでしょうか・・・?
 人は時代を選べないのかもしれませんが、時代を生き抜く人でありたいと思います。



イベント企画です!
2.1
 輝く地球プロジェクトが4月の「アースデー」にちなんで、オフィス4プロダクション四ノ宮監督制作映画の全国一斉上映会を企画されています。当レイチェルでも企画を立ち上げコラボでもって盛り上がってみようかと検討を進めております。
 協力頂ける方はinfo@raychel.jp までご連絡ください。
 また、独自に上映会イベントを立ち上げられる方は下記をご参照いただきまして、輝く地球プロジェクト(中さん)までご連絡をよろしくお願いします。


 貧困・飢餓 病気の子どもに薬が買えない親の悲しみ 生活費を稼ぐため学校に行けない子ども達 
 地球環境は人間の社会環境の反映  アジアの真実に目をつぶって何が日本人ぞ 
 生活格差は人間社会の理だとしても人として最低限度幸福に生きる権利は地球上の誰もにあってしかるべきもの 命の重さその価値を今我々は日本からアジアへ アジアから世界に発信しなくてはならない 
 一人ひとりの力はたとえ小さくても偉大なもの 愛 魂の祈り そしてACTION 私たちには何かができる 
 思いを紡ぐことで明日が変わると信じて


<以下輝く地球プロジェクトコミュより転載>
今年4月のイベント企画者募集のお知らせです。

今までに何度か、ボランティア活動を通し、みなさんがとても素晴らしい活動をし、同じものを目指しているのにそれぞれの団体がばらばらでとてももったいなく、思っておりました。

そのような時、この4月に行われるアースデイ(地球を考える日)にぜひみなさんとつながり、大きな活動にしていこうという声が上がってきました。

さらに、フィリピンのごみ山で生活をする子供達のドキュメンタリー映画を作製しております、オフィスフォープロダクションさんより、第1作品目の「スカベンジャー 忘れ去られたこどもたち」、第2作品目の「神の子たち」の上映のご協力をいただきました。

そこで、この映画上映を通して、みなさんと共に、子供達のため、地球のために活動されている方たちの、交流の場を作っていきたいと思います。

これより、日本全国(海外も可。英語版もあります)で、映画上映企画者を募る予定でおります。
ぜひみなさまのご活動を広めるきっかけつくりにもご活用ください。
コラボレーションのご連絡をお待ちしております。

みんなで日本を、世界をつないでいきましょう♪

メール転送大歓迎!
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『アースデイ日本全国一斉上映プロジェクト』のお知らせ!
                    by 輝く地球プロジェクト
◆∴‥∵:・.* ◆∴‥∵:・.* ◆∴‥∵:・.* ◆∴‥∵:・.*◆

■アースデイとは?

アースデイ(地球の日:4月22日)とは『地球のために行動する日』です。
地球に住む人が、自由に、どこでも、いますぐ、アクションを起こせます。
大切なのはやってみること、そして続けること。
アースデイは一人ひとり、誰もがリーダーです。
毎年アースデイの期間には世界各地で持続可能な社会を表現する、自由なイベン
トやアクションが行われています。

■アースデイ日本全国一斉上映プロジェクトとは?

アースデイ日本全国一斉上映プロジェクトとは『アースデイの期間中(4月中)に日本全国で開催される上映イベントのこと』です。
映画を通して、平和を 幸せを 未来を、地球に住む人達と、みんなで一緒に考え
る上映会を開催します。
アースデイは一人ひとり、誰もがリーダーです。
それぞれが持ち寄った企画と、平和を願う上映会を、みんなで一緒に開催する活
動を行います。

■スケジュール

2008年の4月中に、それぞれが持ち寄った企画とともに、映画の上映会を、同時に行いま
す。
上映会の主催者が、自分自身の企画を持っていない場合は、輝く地球プロジェク
トが企画を提案するお手伝いをします。

■映画の内容

・忘れられた子供たち

・神の子たち

フィリピンのゴミ捨て場で、ゴミ拾いの仕事をしている子供たちを撮影したドキ
ュメンタリー映画を上映します。

内容詳細はこちらをご参照ください。
http://www.office4-pro.com/

■参加費用

今回のイベントでは、オフィス4プロダクション様のご協力により、上映権は無料とさせて頂きます。

初期の導入コストとして、個人の方は5000円、団体(NGO・NPO等)は1万円、企業は5万円を登録費としていただきます。
個人が団体を主催している場合は、個人扱いとなります。
物販輸送・HP作成・ちらし・ポスター作成などに掛かる費用を、初期導入コストでまかなわせていただきます。

日本全国一斉上映プロジェクトでは、各団体の活動内容を紹介する出版物やDVDの製作を行い、みなで広報のお手伝いをすることができます。こちらの制作費は別途となりますのでご了承ください。どうか皆様のご活躍を広くご紹介するきっかけ作りにご活用ください。
なお、詳細はお問い合わせ下さい。

■上映者の募集

アースデイ日本全国一斉上映プロジェクトでは、各都道府県で、上映企画者を募集しています。
それぞれが行っている活動を中心に据えて、その活動を紹介した上で上映会
を行います。
上映会の主催者が、自分自身の企画を持っていない場合は、輝く地球プロジェク
トが企画の提案をお手伝いします。

『バラバラに活動している私たちが再びつながり合うためにはどうしたらいいの
か』
『映画の上映会を通じて、私たちがつながり合うことは出来ないのだろうか?』

それぞれが持ち寄った企画と、平和を願う上映会を、みんなで一緒に開催・広告する活動を行います。

★参加申し込み・・・下記の申し込みフォームにご記入いただいて、アースデイ日本全国一斉上映プロジェクト参加希望と題名を表記の上
 メール: shiningearthjp@yahoo.co.jp 中まで申し込みください。
********『アースデイ日本全国一斉上映プロジェクト』参加申し込み参加フォーム**********
・団体名
・代表者お名前(フリガナ):          (       )
・ご住所:
・(携帯)電話番号:
・E-mail
・ホームページ
★団体内容、活動内容がわかるパンフレットなどがございましたらご郵送ください。

<企画概要>
・企画名
・開催日時
・会場場所
・入場可能規模
・ブース出展協力の有無
・個人・団体・企業のいづれかの参加表明をお願いいたします。

*********************************************************
★お問い合わせ先TEL:090-4129-5184 中まで
★お申し込みは、3月中までにお願いします。


企業の力
2008.1.20
 
ミクシーのミルミルさんのコラムからクリック募金を紹介します。クリックで救える子どもの命があるのですから、時間があればクリックしてみてください。
 
 ★ クリック募金です ★
 
クリックをするだけで、
企業が私達に変わって募金をしてくれます。
どうか、子供たちが、明日を迎えられますように・・☆.。:*・゚
http://www.dff.jp/index.php
寒中お見舞い申し上げます
2008.1.6
 
新年を向かえ皆様いかがお過ごしでしょうか。
 本年もよろしくお願い申し上げます。
 昨年末より五木寛之氏の書物にはまっておりました。
 他力 不安の力 大河の一滴 運命の足音 等々、比較的新しい書籍を読ませていただきました。
 市場主義か平和主義か グローバルスタンダードか独自文化か 今や民族存亡の課題なのでしょう。
 いずれにせよ経済は2タイプの選択になるのでしょうが、先日テレビの特集で市場主義<信長・秀吉>
 平和主義<家康>というような分類をされている方がおられました。なかなか、おもしろいです。
 
 創世か新生か 何某かのCMを見てふと考えました。
 アクエリオンは創世ですが、なかなか合体しないのですね。(笑)
 新生というと何故かその土壌が気になります。土壌は和魂ですよね。

 和魂とはいったいどのようなものなのでしょう。洋魂は一般的にキリスト教でしょうね。
 銀魂<ぎんだま>というアニメがありますが、実におもしろいです。
 命がけの武士道の空虚の果てに辿り着きし、自由なスピリチュアルがなんともいいのです。
 
 本年も皆様にとって実りおおき一年となりますよう願っております。
 
 P.S 本年は、四ノ宮監督の映画の完成が期待されます。
    皆様の応援をどうぞよろしくお願いいたします。
    
    先日、ジェフベックの2006UDOフェスティバルの映像を見ました。
    泣けました!!
    あのドラムなんていう人なのかな?


 

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〒610-0112 京都府城陽市長池北清水102-10
TEL:0774-52-6712 FAX:0774-52-6618
E-mail:info@raychel.jp

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